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2000年9月27日~10月7日に出かけた、秋の北海道旅行記です。

スピード帰還

2000年10月7日(土)

行程

船中~新潟港~(北陸道・上信越道・長野道・中央道・東名高速)~浜松着

走行距離

580.6km(通算2,709.0km)
※地図の複製は禁止します。


これが本当の船旅ですよ

帰りの船は何と特等船室でした。というのも、1等船室が既に満席で、私一人なら2等船室に転がっても良かったのですが、母が一緒ではそう言うわけにも行かなかったものですから。そのため、ずいぶん短い距離の、しかも急行料金の要らない通常便に変更したのにもかかわらず、差額はほとんど0でした。実は、往復割引が適用されなくなったことも大きいんですけどね。

もちろん、特等だけに装備も充実していて、ベッドの幅も倍くらいありましたし、何と船室ごとに風呂が付いていました。長距離運転で疲れた身体をゆっくり休めることが出来てありがたかったですね。

海の方も穏やかで、往路の地獄絵図とは全く違う快適な船旅になりました。得意げに「本当の船旅って言うのはこんななんだよ」とか言ってみましたが、別に私が得意がることでもないんですよね。

こんな経路もある

船は午後3時頃に新潟港に到着しました。新潟から浜松に向かうためには、素直に考えれば東京まで関越自動車道を走り、東京都内を抜けて東名高速で浜松に向かう…となるのですが、パソコン・カーナビに経路探索させると、弾き出されたのは全く別ルートでした。それがこの地図の経路。見た目は結構遠回りに見えますが、実はこれでも東京周りとほとんど同じ道程になります。東京周りだと一度一般道(環八通り)を経由する必要があり、渋滞が避けられないのに比べると、このルートなら全線高速道路ですから、スムーズに流れてくれればずっと短い時間で帰ることが出来ます。

上越から長野方面に入ってくる上信越自動車道は、長野オリンピックの開催に合わせて整備された道路ですね。こういう国家的プロジェクトのお陰で基盤整備が進むのも地元の人たちにはありがたいのでしょう。ただ、とりあえず開通した…という段階で、まだ対面通行の区間がかなり長いです。時速100km近いスピードですぐ脇を車がすれ違うのは、精神的にかなり消耗しますね。しかもそれが長いトンネルの中だったりしますから、こうなるともう一種の極限状態です。

新潟を出発してから約7時間後、午後10時頃に浜松の我が家に到着しました。「ミレニアム北海道」ツアーも、無事これで終了です。さすがに最後の2日間で一気に1,000km以上を運転した私の足腰にはかなり疲労が溜まっていましたね。しかも、この足で翌日は祖父のお見舞いに出かけ、さらに100kmが追加になったのですが。

お疲れさまでした

こうして11日間の「ミレニアム北海道」ツアーは終わりました。こんなに長期間の旅行をすること自体本当に久しぶりでしたね。俗世間から離れてゆっくりとした日々を過ごすことができました。最後に少々急かされてしまいましたけど、全く順風満帆な旅行よりもむしろ、ちょっとしたハプニングがあった方が心に残るものかも知れません。天候についても悪い日がありましたが、これだけ長い旅行ならどうしても避けられないことです。むしろ、悪い天気も楽しむことが出来るくらいの余裕が必要ですね。

母もこの旅行を十分に楽しんでくれたようです。ただ、小樽の街でゆっくり出来なかったのは心残りらしく、「今度は小樽に行こう」と話をしています。こんな調子でいるうちは老けないでしょうね。そんな意味では、ちょっとは親孝行が出来たかも知れません。


Mobile Check!

いろいろな場所からインターネットへの接続にチャレンジした11日間でしたが、思ったよりもずっと快適でした。結局のところ、宿のあるような場所ならたいていの場合は何とかなると言うことなんですよね。特に、H”内蔵カードを使った通信は完全にワイヤレスの環境で、しかも高速な通信を使えるので快適そのものでした。これに慣れてしまうと、携帯電話なんて使う気になれません。携帯電話に特化したコンパクトなシステムであるiモードはまた別ですが。

あと、今回意外に頼りになったのが公衆電話。携帯電話が増えるのにつれて公衆電話の設置台数は年々減少しているそうですが、公衆電話は携帯電話の基地局よりは遙かに安価なインフラですし、まだまだいろいろと使い道があります。公衆電話そのものを情報端末にしてしまう…なんて言う展開も考えられますよね。

ともかく、全ての通信手段から好きなように選択できる場所ばかりではありませんから、結局はいろいろな通信手段を利用して臨機応変に対応していくしかありません。それがモバイルの道。「モバイル道に王道はない」のです。

緊急事態!

2000年10月6日(金)

行程

稚内~サロベツ原野~留萌~(道央道)~苫小牧~苫小牧東港~船中泊

走行距離

470.4km(通算2,128.4km)
※地図の複製は禁止します。


それは突然に

話は前日・5日の夜から始まります。稚内市内のホテルで、最北端の夜をゆっくりと楽しもうとしていた私たちでしたが、夕食に出かける前に突然私の携帯電話が鳴りました。しかも、この番号を教えていないはずの親戚の家からの発信。とても嫌な予感を感じつつ電話を受けました。

電話の内容は「祖父、危篤。ここ2,3日が山」。実は今回北海道旅行に来るとき、ほとんど誰にも知らせずに出てきたものですから、私たちの居場所がわからなくてしばらく探し回ったのだとか。「今、稚内にいる」と答えたら、さすがに呆気にとられていたようです。

その後、とにかく夕食だけは食べにホテル1階の食堂に向かいました。夕食も結構豪華なものだったんですが、正直なところ食べた気がしませんでしたね。今後の日程をどうしようか…そればかり考えていました。

日程変更です

私たちの旅行日程はあと3日。でも、こんな電話をもらってしまったからにはすぐに帰ることしか考えられません。私たちが帰るだけなら、飛行機を乗り継げば1日で帰れないこともありません。しかし、困ったことに私たちには自家用車のテラノがあります。これを持って帰るには、やはりフェリーを使うしかありません。最初は母だけ稚内空港に送って先に帰ってもらい、私は車で帰ることも考えましたが、結局二人して車で全速力で帰ることにしました。それでも短縮できるのは1日だけ。果たして間に合うのか?

帰りの船は、7日の夜に小樽を出る便を予約、既に購入してありました。当然の事ながら乗船する便を変更しなくてはならないのですが、今回利用した新日本海フェリーでは(おそらく他の会社も同様だと思いますが)1回だけなら差額精算だけで乗船する便を変更できます。早速ホテルからフェリー会社に電話。同じ小樽から出る便は満席で、取れたのは6日夜苫小牧発・新潟着の便でした。新潟からだとまだ浜松まではとんでもなく遠いのですが、それでも海を渡らなくてはならないのですから仕方ありません。

緯度2度の距離

この日は、とりあえず稚内でお土産を買い込みクール宅急便で送り、その後すぐに出発。ひたすら南に向かいました。この日の移動距離は400km以上。宗谷岬は北緯45度31分、札幌あたりでだいたい北緯43度ですから、何と緯度にして2度以上です。まあ、もともとの予定でもこの日のうちに札幌市内まで来る予定ではありましたが。

途中、朝10時くらいに親戚からまた電話がありました。一瞬最悪の事態が頭をよぎりましたが、内容は「ちょっと持ち直したからしばらく大丈夫だよ。ゆっくり帰っておいで」。ひとまずほっとしたのですが…今頃言われてももう遅いですよ(涙)。

ともかく、夕方にはフェリーの待つ苫小牧に着かなくてはなりません。トイレ休憩以外はほとんどノンストップで車を走らせました。普通なら北海道で高速道路なんて使うのはもったいないところ(一般道でも高速道路並みに走れちゃいますからね)なんですが、今回は確実に速く移動したかったので、深川から道央自動車道を利用。午後3時前には苫小牧市内に入りました。

間違えないように気を付けましょう

苫小牧にはフェリーターミナルが2ヶ所あります。苫小牧フェリーターミナルと、苫小牧東フェリーターミナル。新日本海フェリーだけが苫小牧東フェリーターミナルから出航します。地図を見ると20kmくらい離れていますから、間違えると結構ショックが大きいです。気を付けましょう。

フェリーが出航するのは8時過ぎ。フェリーターミナルまで行けば食事くらい出来るだろうから早めに行こうと思い、東に向かったのですが…行けば行くほど荒涼とした風景が広がってきます。本当に大丈夫なのか?と不安を抱きながら車を走らせました。

苫小牧東フェリーターミナルに着いて呆気にとられました。そこにはフェリーターミナル以外には何もありません。食事も一応出来ないわけではなかったんですが軽食程度。結局、また20km車を走らせて苫小牧市内に向かい、「西」のフェリーターミナルで夕食ということにしました。こちらは立派な建物でしたよ。買い忘れていたお土産もここで少し追加しておきました。

私たちを乗せたフェリーは、予定通りに苫小牧東港を出航しました。今度は酔い止めも買い込んで準備には余念がありません。明日はもっと過酷な移動が待っています。まずはゆっくり寝て英気を養うことにしましょう。何より穏やかな航海を祈りながら…おやすみなさい。


Mobile Check!

…といっても、道中ではそんなことをする余裕はなかったのですが、携帯電話はずっと使用可能だったようです。どこでも使えるというのは便利なことですが、逆にどこにいても呼び出されてしまう…というのは必ずしも良いことばかりではありません。今回は特にそんなことを強く感じてしまいましたね。

ついに北の果てへ

2000年10月5日(木)

行程

紋別~宗谷岬~稚内~稚内泊

走行距離

240.3km(通算1,658.0km)
※地図の複製は禁止します。


北緯45度31分

ミレニアム北海道ツアーも、ついに最大の目的地の一つ・宗谷岬に手の届く場所までやって来ました。宗谷岬は北緯45度31分に位置し、皆さんご存じのとおり日本最北端です。人間は誰でも、何故かこういう「端」に憧れます。どうしてなんでしょうか?

10月2日からの不安定な天気は、この日もまだ続いていました。紋別を出発するときには曇り空、その後北に向かうにつれて天気は悪くなり、雨まで降り出しました。せめて今日だけは晴れて欲しいと思っていたんですが…正直なところかなり気持ちが沈んでいました。ところが、宗谷岬まであと10数kmに近づいたところで前方に青空が見えてきました。もしかすると結構期待できるかも?…そう思いながらひたすら車を走らせました。

宗谷岬に着いたときには、さすがに快晴とまでは行きませんでしたが、それでも青空が見える状態で、視界も上々でした。丘の上にあるゲストハウスで望遠鏡を覗いてみたら、43km彼方にあるサハリンの島影が見えました。とにかく嬉しかったですね。

宗谷岬と言えば、やはり「日本最北端の地」碑でしょう。ちょうど人もあまり多くなかったので、記念写真を撮っておきました。パノラマ写真も撮ってみました。ちなみに、この写真を撮った後で観光バスが数台到着し、岬は人であふれかえってしまいました。後で考えると、実に見事なタイミングでしたね。

なんでも最北端

「日本最北端の地」碑の前にある駐車場のすぐ脇に日本最北端の売店があります。ここにこんな時計があります。到着した時刻・時間や、そのときの温度も表示されていますから、写真を撮るだけで記念になります。ちなみに、この店では日付と時刻が印刷された「日本最北端到着証明書」なる土産物も販売されていました。安かったのでついつい買ってしまいました。

視線を街道の反対側に移してみると、並んでいる売店のどれにも「最北端」と書かれた看板が掲げられています。確かにこれらの店にとって日本最北端というロケーションは最大の売りなんですが、これだけ並んでいるのを見ると、呆れるのを超えてもう笑うしかありません。

ちなみに、この日の昼食は右の写真の中に見える食堂「最北端」で食べました。その名も何と「最北端ラーメン」。海の幸がたっぷりと載った味噌ラーメンで、味の方もなかなかのものでした。

最北端の虹

宗谷岬から車で1時間程度走ると稚内市街に到着。稚内公園にある開基百年記念塔の上からは、こんな風に稚内の街並みを一望することが出来ます。海に向かって真っ直ぐに伸びているのが北防波堤ドーム。昭和初期に作られたもので、アーチ型の構造はまるで古代ローマ建築のよう…とガイドブックには紹介されていますが、確かにそんな独特の雰囲気を持っています。

写真に見えている船は、サハリンや利尻島・礼文島に向かう連絡船だそうです。実は、稚内市内では結構時間を持て余してしまったんですよね。時間的には、利尻島・礼文島のどちらかの島に渡って戻ってくることも出来たかも知れませんね。ちょっともったいなかったかも。

稚内市街の西にある高台に広がる稚内公園にはいろいろな記念碑が建っています。その中でも最も大きなものがこの氷雪の門。今は異国の地となってしまった樺太(現・サハリン)で亡くなった人々への慰霊と望郷の念を込めて1963年に建てられたもので、「門」の高さは8メートルもあります。

ちょうどこの氷雪の門の前に着いたときに、雲の切れ間から差し込んだ陽が虹を作りました。写真…特にオート露出が基本のデジカメではなかなか微妙な光の雰囲気を伝えられないのですが、10分ほどの間幻想的な光の世界を楽しむことが出来ました。虹は快晴の時にはなかなか見られません。雨の降りそうな天候あってこそ。天気が悪いのも悪いことばかりではありませんね。

ところで、この氷雪の門の近くにある売店では、「稚内到達証明書」というどこかで見たような土産物を販売していました。こちらの方がサイズが数倍大きく、開くと中から氷雪の門が「飛び出す絵本」のように浮き出してくるものです。もちろんお値段の方も少々高くなりますが。

ついに稚内までたどり着いたミレニアム北海道ツアー。これから先は帰り道、最後に小樽の観光をして帰る予定でした。しかし、実はこの後最大のハプニングが待ち受けていたとは知るよしもありませんでした…。


Mobile Check!

宗谷岬ではさすがにPHSは使えませんでしたが、その代わりに携帯電話で電子メールを送りました。こんな場所でもちゃんとiモードが使えてしまうんですね。たいしたものです。ちなみに稚内市内ではPHSもちゃんと使えました。ホテルの部屋の中からH”カードを使ってWebチェックも出来ましたよ。

北を目指して

2000年10月4日(水)

行程

ウトロ~網走~サロマ湖~紋別泊

走行距離

253.7km(通算1,417.7km)
※地図の複製は禁止します。


二日がかりの大移動

これから「ミレニアム北海道」ツアーは最大の目的地の一つである宗谷岬に向かいます。最初は知床から1日で直行しようかと思っていたのですが、少し検討してみてさすがに思いとどまりました。何しろウトロから宗谷岬までの道程がおよそ370km。その後稚内市街まで向かえば実に400km以上の移動が必要になります。これを1日で走りきるのは、さすがに北海道の非常に条件の良い道路を考慮しても無謀でしょう。時速80kmでも5時間かかります…って、それではスピード違反ですね(笑)。

そこで、この行程をほぼ半分ずつに分けて、中間点の紋別市内で宿泊することにしました。これなら、途中でいろいろ寄り道をしながら、比較的ゆっくりと楽しむことが出来ますよね。だいたい、旅行で急いでもあまり良いことはありません。途中の予定外のところで意外に面白いモノが見つかるものです。

通りすぎるにはもったいない

ウトロから80kmほど走ると、網走市に着きます。網走で最初に立ち寄ったのはオホーツク水族館。その名の通りオホーツク海に生息する海の生き物たちを見られます。シーズンオフ、しかも平日と言うこともあり、正直なところかなり寂しい雰囲気でしたが、ここにはとても珍しい展示があります。

それがこのクリオネ。オホーツクの流氷の下に生息する体長2~3cmくらいの小さな透き通った生き物で、殻はありませんが一応貝の仲間になるんだそうです。その神秘的な姿から、「流氷の天使」なんて呼ばれますね。このクリオネを年間を通じて水槽の中に見ることが出来ます。写真を撮ってはみましたが…あまりに小さく、しかも真っ暗な場所での撮影で、この程度が限界でしたね。

次に向かったのは網走刑務所…といってももちろん本物の刑務所ではなくて、明治時代からの施設を展示している博物館網走監獄。かつて、北海道に連れてこられた罪人たちは、道路開設など北海道開拓のための労働力としてひたすら働かされました。日本史の暗い一面をリアルに感じることが出来る施設です。とは言っても、そこはやっぱり観光地。入口には、昔映画で有名になった「幸せの黄色いハンカチ」がはためいていました。

網走周辺でもう一つ。能取湖(のとろこ)のサンゴ草群生地はまだ色を失っていませんでした。例年なら9月頃にはシーズンが終わってしまうものですよね。全景はパノラマ写真に加工してみました。Photo Galleryに公開したPanorama・ミレニアム北海道をご覧下さい。

遠くから見ると真っ赤な絨毯のように見えるものも、近くに寄ってみると高さ20cmくらいの小さな草の集まりです。こうしてみると、「サンゴ草」と呼ばれる理由がわかるような気がしませんか?。ちなみに、正しくは「アッケシソウ」と言うんだそうです。

広い…

網走を過ぎて40kmほど走るとサロマ湖が見えます。サロマ湖は面積151.7平方km、周囲91.04km。北海道一広く、全国でも琵琶湖、霞ヶ浦に次いで3番目に広い湖です。実際に側に行くと、数字以上に広さを感じます。

サロマ湖のすぐ隣にある幌岩山の上には展望台があります。山麓から1時間ほど掛けて歩くルートもありますが、展望台のすぐ近くまで自動車で行ける道路もあります。今回はこちらを通ったわけですが、今回の旅行で初めての未舗装路面となりました。10年くらい前、初めて北海道に来た頃には未舗装の道路を結構よく見かけたような気がするんですが…。道路整備は着々と進んでいるようです。

展望台の上からの眺めは壮観でした。眼下に広大なサロマ湖を完全に収めることが出来ます。どんな風に見えたのかはPanorama・ミレニアム北海道をご覧下さい。


Mobile Check!

この日の宿泊先・紋別市では、久しぶりにH”を使うことが出来ました。やっぱり「ひも」無しの高速通信は快適ですね。もっといろいろな場所で使えるようになって欲しいんですが、今年中には通信速度最大384kbpsという次世代携帯電話のサービスもスタートしますし、PHSの将来は不透明です。幸い、DDIポケットもfeel H”を登場させるなどかなりやる気を見せています。期待しましょう。

白い知床

2000年10月3日(火)

行程

屈斜路湖畔~ウトロ~知床峠~羅臼~知床五湖~ウトロ泊

走行距離

190.1km(通算1,164.0km)
※地図の複製は禁止します。


相変わらずの悪天候

この日の目的地は知床。小樽を出て以来久しぶりに海岸に出てきました。でも、今度見えている海は日本海ではなくオホーツク海。思えば遠くに来たものです。天気の方は相変わらず荒れ模様。知床に着くまでは激しい雨が降り続きました。

そして、知床で私たちを待っていたのはやっぱり霧。晴れていれば羅臼岳や遙か国後島も望めるはずの知床峠も、見てのとおり真っ白でした。

試しにウトロから峠を越えて羅臼の側にも抜けてみましたが、やっぱり見えるのは霧ばかり。羅臼では、海岸道路で何も見えない海の方向に矢印を向けて「←国後島 28km」(数字がちょっとあやふやですが)と書かれた道路標識が立っていました。ちょっとした茶目っ気と共に、北海道の人たちの北方領土への想いを垣間見た気がしました。私たちにとってはどこか遠くのことのように感じていましたが、ここの人たちにとってはごく身近な問題なんですね。

クマの里

知床と言えば有名なものの一つがクマ。知床半島は、野生のクマの生息密度が世界的に見ても非常に高いのだそうです。クマが多いからこそ、こんな張り紙もしてあったりします。そう言えば、北海道土産としては結構有名なブランド物の一つである「熊出没注意」シリーズもよく見かけましたね…まあ、これはあまり関係のない話ですが。

知床半島では、クマに限らず野生生物の保護に熱心ですが、今やメジャーな観光地でもある知床では野生生物と人間の遭遇する機会が増えているそうです。知床自然センターのすぐ近くに、知床鳥獣保護区の管理センターがありますが、ここで展示物を見ていたら突然事務室が大騒ぎ。猟銃らしき物を持った人が部屋を飛び出して行った後私たちも外に出てみたら、大きな4駆車がもの凄いスピードで飛び出して行きました。どこかでクマでも出たんでしょうか?

一番美味しい食事?

ところで、この旅行中の昼食はガイドブックなどに載っている店の中で「これは!」と思った店に適当に入る…というパターンを続けているのですが、この日目に付いた店名はその中でも異彩を放っていました。その名も「漁協婦人部食堂」。

この漁協婦人部食堂は、ウトロ漁港に建つ漁業協同組合の建物の脇に張り付いた小屋でした。本来は漁師さんたちが食事をするためにある食堂のようで、インテリアもいかにも味も素っ気もない大衆食堂の雰囲気で、カウンターには円椅子が並べられ、メニューには定食モノがずらりと並んでいました。しかし、その隣にはちゃんと「ウニ丼」「イクラ丼」といった観光客向けのメニューが。せっかくなので、ここではイクラ丼を食べることに決定。…もちろん最初からそれが目的で入ったんですけどね。

実は今でもイクラ丼の写真を撮ってこなかったのが心残りなんですが、ご飯が見えないくらいたっぷりとイクラの載った丼でした。イクラの醤油味も薄すぎず濃すぎず、とても美味しかったですね。そして、これまた美味しかったのが丼に付いてきた味噌汁。鮭や白身魚がたっぷりの野菜と共に煮込まれ白味噌で味付けされたものが大きな丼の中に入っていて、濃厚な旨味がもうたまりませんでしたね。イクラ丼のおまけにしておくにはもったいない味でした。…Web上では、味や香りを正確に伝えるのは不可能で、非常にもどかしさを感じますね。

この日の夕食は、思いっきり奮発してカニづくしということにしました。旅行中には他にもいろいろと食事を楽しむ機会があり、どれも美味しいモノばかりでしたが、見た目の豪華さはともかく、もしかしたら最も記憶に残った料理はあの味噌汁だったかも知れません。


Mobile Check!

知床・ウトロの街でもPHSは使えませんでした。携帯電話は一応使えましたが、この日はホテルのロビーにあったグレ電を使用。無難にメール&Webチェックを済ませました。こう言うときにはいろいろと設備の整った大きなホテルが頼もしいですね。小さな民宿に泊まった場合でも、こうした場所まで来ればいいわけですから。

三湖物語

2000年10月2日(月)

行程

層雲峡~三国峠~阿寒湖~摩周湖~多和平~硫黄山~屈斜路湖畔泊

走行距離

345.7km(通算973.9km)
※地図の複製は禁止します。


心配していたことが…

ここまでの旅行は、ほぼ当初計画していたとおりに進めていくことが出来ました。比較的余裕のある計画(300km走っても余裕があること自体すごいんですが)を立てていたこともありますが、最大の理由はこの間ずっと天気が快晴だったこと。実は、出発前の時点では週間天気予報があまり良くなくて心配していたのですが、良い方向に予想が裏切られた形でした。

ところが、この日の朝起きてみたら、外は霧。空はどんよりと曇っています。正直なところ「来るべき物が来た」とは思っていたんですが、これから先にも見どころは目白押し。雨や霧で視界が遮られるのは非常に困った話です。これからしばらくの間、「ミレニアム北海道」ツアーは天気の変化に一喜一憂することになります。

この特集の最初に触れたとおり、今回の北海道行きの直接のきっかけを作った場所が三国峠。しかし、そこで私たちを待っていたのはやはり霧でした。それも、遠くの景色どころか100m先も良く分からないほどの。その向こうには一面の紅葉が広がっていたはずなんですが…。しばらく粘ってみたものの、霧は深くなるばかり。移動距離も長い予定だったので、後ろ髪を引かれる思いで先を急ぎました。

目的は湖じゃなくて

「三湖物語」、最初に訪れたのは阿寒湖。と言っても、実は阿寒湖に行った目的は湖を遊覧するためでも、有名なマリモを見るためでもありませんでした。

目的はこれ。阿寒湖畔の土産物屋「ポンション人形館」で作っている「おねだりきつね」という置物です。胴体としっぽの部分がちょうど釣り合うようなバランスになっていて、いろんな置き方で楽しむことが出来ます。もちろんこれを買ってきたわけですが、買ったのは湖畔にある別の土産物屋。この後、阿寒湖以外でも多くの土産物屋で見かけましたが、湖から離れるに連れて売値が上がっていたようです。

霧のない摩周湖

次に訪れたのが摩周湖。摩周湖と言えば有名なのが霧。摩周湖の霧を詰めた缶詰(さっき「おねだりきつね」の奥に立っていましたが)を土産物として売っているくらいなんですが、この日の摩周湖は完全に晴れ上がっていました。澄んだ湖面が綺麗でしたが、水の代わりに霧を湛えた湖を想像してきた側からすると少々拍子抜けという面もありましたね。霧が出れば文句を言い、晴天になれば文句を言い、何とも自分勝手ではありますが。

摩周湖観光で一番賑わっているのが第一展望台ですが、そこから車で3分ほど走ったところに第三展望台があります。第一展望台にはレストハウスがあり、大型観光バスも多く立ち寄っていますが、第三展望台はひっそりとしています。しかし、湖を見渡したときの迫力はこちらの方が勝っていると思います(Panorama・ミレニアム北海道をご覧下さい)。湖面に近いところに展望台があることが影響しているのでしょうか?

地平線を見に行こう

次に向かった場所は多和平。摩周湖から見ると南東の方角、釧路湿原の北に広がる1,000ha以上の大牧場で、真ん中に展望台があります。ここの売り文句は「地平線の見える大牧場」。その言葉に偽りはなく、360度どちらを向いても写真のような広大な風景が広がります(Panorama・ミレニアム北海道もご覧下さい)。大草原の中で、牛・馬・羊・山羊などがのんびりと暮らしています。…いいですねぇ。

展望台の脇はキャンプ場になっていますから、アウトドア愛好家の方なら夏場にこうしたところで泊まるのも良いかも知れません。昔訪れたときよりも観光客はずいぶん増えてきましたが、今でも「北海道でお勧めの観光地は?」と訊かれたら必ず挙げたい場所です。

黄色い山

この日の予定にあった三つの湖は全て火山活動によって作られたものです。多和平から元来た道を引き返し、屈斜路湖畔にある活火山・硫黄山に立ち寄りました。実は、摩周湖第一展望台の駐車場と駐車券がセットになっていた…と言う理由もありましたが。写真を見てもらうとわかるとおり、山の麓から黄色っぽい噴煙が活発に立ち上っています。周囲は強烈に硫黄臭かったですね。

噴煙の上がっている近くに行くと、その黄色さがわかりやすくなります。硫黄の結晶が岩にこびりついています…が、←この写真の左上の方に何か置いてあるのがわかりますか?。実はこれ、卵なんです。硫黄山の噴煙でゆでた温泉卵(?)を、5個400円で売っていました。それにしても、美味しい商売ですよね。安い卵を買ってきて、そこに置いておくだけでいいんですから。


Mobile Check!

この日の宿は、すぐ目の前が屈斜路湖(Panorama・ミレニアム北海道もご覧下さい)…というホテル、レークウッド屈斜路。出来れば今度は母ではなく別の女性と来たいようなお洒落な雰囲気のホテルでした。感動のあまり、ホテル周辺の写真もたっぷり撮ってきたわけですが、モバイルITライフには最悪の環境でした。携帯電話もPHSも完全に圏外。頼みの綱のグレ電も近辺にはなく、今回の旅行で初の接続断念。

実は、部屋につながっている電話をモデムに繋げば通信できる可能性はあったんですが、さすがにそこまでやる根性はありませんでしたね。この日の運転距離は長かったですし。

日本一早い紅葉

2000年10月1日(日)

行程

層雲峡~大雪山・黒岳~層雲峡泊

走行距離

7.5km(通算628.2km)
※地図の複製は禁止します。


そこに山があるから

そもそも今回の北海道旅行の目的の一つは北海道の紅葉を見ること。北海道の紅葉は9月から始まりますが、最初に紅葉が始まるのが大雪山です。といっても、「大雪山」という山がそこにあるわけではなく、これは旭岳(標高2,290m)を始めとする2,000メートル級の山々が、「御鉢平」と呼ばれる火口平原を取り囲んでいる一帯の総称ですね(地図をクリックしてみましょう。拡大図が出ます)。北海道だけでなく、日本一早く紅葉する場所と言うことになります。

大雪山に登るのは意外に簡単です。特に、北東の黒岳(標高1,984m)側からならロープウェイとリフトを乗り継いで7合目まで行くことが出来て、そこから徒歩1時間半程度で黒岳山頂にたどり着くことが出来ます。ただ、いくら簡単とは言っても2,000メートル級の高山です。ちょっとしたハイキング程度の気持ちで登ってしまうと大変な目に遭います。

私は、最初に北海道を訪れたときにも大雪山に登りました。このときもこの「黒岳ルート」から登り、大雪山系第二の高峰・北鎮岳(標高2,244m)まで行きました。今回は、私も母もさすがにそこまで行く体力はありませんから、黒岳山頂を目指して登ることにしました。それでも体力的にかなり不安はあったんですが。

登って見ると

この日は朝食も早めに済ませて、ホテルで作ってもらった弁当を鞄に詰めて朝7時過ぎに出発。7時半頃にロープウェイ乗り場にたどり着きました。ロープウェイ乗り場で驚いたのは、何とこんな早い時間に降りてくる一団がいたこと。上には宿泊施設はありません(黒岳山頂近くにキャンプ場は一応ありますが、普通の人が泊まる場所じゃないですね)。早朝に登ってすぐ降りてきたのでしょう。きっとあの人たちはこれから過酷なバスツアーに出かけるのに違いありません。

ロープウェイからリフトに乗り継いで一気に駆け上がります。層雲峡温泉でも赤や黄色に色づいていた木々はロープウェイを登るにつれてその色を増し、リフトで登る辺りでは既に葉を落としてしまった木が目立つようになりました。紅葉を見ることだけ考えると、この時期でも遅すぎたくらいのようです。もちろん、他にも見るべき物はいろいろあるわけですが。

強力な援軍

先ほど、黒岳登山ルートの所要時間を「1時間半」と書きましたが、実はこの時間もガイドブックによってかなり数字に違いがあります。「1時間」と書いてあるものもあれば、「2時間」と書いてあるものもあります。普通のハイキングコースとは違い、ずっと登り続けなくてはならず、しかも足場の悪いところもあったりしますから、登山する人たちの力量によって所要時間は大きく変わって来るのが当然でしょう。

そんな中で私たちのことを考えると、最近は極度の運動不足であったことも考えれば最も時間がかかる部類に入ります。それどころか、頂上まで本当にたどり着けるのか、そもそも頂上を目指すこと自体無謀じゃないのか?…というレベルでしょう。

心配していたとおり、しばらく登っていくと疲れが出てきました。眼下に広がる雄大な風景ももちろんそうだったのですが、それ以上に私たちを救ってくれたのは、同じように山を登っていく人たちや逆に降りてくる人たちと交わす言葉。「おはようございます」「こんにちは」という挨拶ばかりでなく、「がんばって」とか「もうちょっとで休憩場所がありますよ」とかいったやりとりも嬉しいものです。知らない人同士でも声を掛け合う…というのは登山する人たちの間では当たり前のことのようです。とてもいいことだと思いますね。

そうして登っていくうちに、同じくらいのペースで登っていく人たちと話などするようになり、結構大人数の団体ができあがっていました。休憩中に、「静岡県から来たの?是非会わせたい人がいる」とのことで、初老の男性を紹介されました。話してみたところ、何とこの方、私の高校の大先輩に当たる方だったのです。すっかり話が盛り上がってしまいました。しかも、同じ一団の中にご近所の袋井市や豊橋市出身の方もいることが判明。う~む、世界って案外狭いものですね。

そして山頂へ

その後は、いろいろと話しているうちに登っていくことが出来ました。結果的に非常にゆっくりと登っていくことになったのが良かったと思います。黒岳の山頂に到着したのは、出発から約2時間後の午前10時過ぎでした。山頂はもの凄い強風で寒かったですね。でも、2,000メートル近い山の上まで自分の足でたどり着いた満足感に溢れていました。

周囲を山々に囲まれた御鉢平の風景はまさに壮観でした(Panorama・ミレニアム北海道をご覧下さい)。遙か向こうにはかつて私が登った北鎮岳も見えました。今思うとあんなところまで行ったのは(しかももの凄い荒天で、山頂ではひょうが痛かったんです)正気の沙汰じゃないな…と思ってしまいましたね。

帰り道も、同じ人たちと降りていったので非常に楽に降りることが出来ました。今回の登山が何とか成功したのもこの皆さんのおかげで、いくらお礼を言っても足りないくらいです。しかし、リフトで降りる前にはぐれてしまい、お名前やご住所などお聞きすることが出来ませんでした。とても残念です。


Mobile Check!

この日は日曜日。日曜日と言うことは、当然Weekly SSKの定期更新日です。それまで日曜日の定期更新を一度も飛ばしたことのなかった私としては、当然旅行中でもやる気満々…でしたが、今回の旅行の計画を立てた後で正直なところ顔が青ざめました。先にも触れているとおり、この日の宿・層雲峡温泉ではPHSを使えません。メールチェックとは違い、比較的大量のデータをやりとりする必要のあるホームページ更新では、携帯電話を使うのも辛いところです。

しかし、実際には心配するに及びませんでした。この日泊まったホテルの1階には、パソコンを接続できるモジュラージャックの付いた公衆電話、いわゆる「グレ電」がありましたから。かつては私自身「主役」と言った手段でしたが、今となってはケータイやPHSなどワイヤレス通信に主役を奪われてしまった形ですね。ともかく、グレ電のお陰でこの日の更新は快適そのものでした。

記事そのものは、今北海道にいることを隠し通して書きました。あそこで「今北海道にいます。しばらく帰りません」なんて書いて自宅に空き巣でも入っては困りますしね。…というのは冗談ですが、インターネットは地理的条件の違いをかなり高いレベルで吸収してくれます。

北の国から・2000秋


2000年9月30日(土)

行程

札幌~富良野~美瑛~層雲峡泊

走行距離

328.5km(通算620.7km)
※地図の複製は禁止します。


季節外れ?

この日最初の目的地は富良野(ふらの)。富良野と言えば、話題になったテレビドラマ、「北の国から」シリーズの舞台になった土地ですね。実際に撮影に使われたセットが残っていたり、ドラマに登場した食堂がそのままそこにあったり……と、テレビを見ていた人ならたまらないような見どころが結構あります。まあ、私はあのドラマは見ていなかったので、そう言う感慨はないのですが。

そんな私にとって、富良野と言えば真っ先に思い浮かぶのがラベンダー。広大な畑には紫色の花が咲き乱れ、一面に甘い香りが立ちこめます…が、それは7月から8月くらいの話。さすがに9月も終わりになる今は季節外れもいいところです。だいたい、私たちだって紅葉を見に来ているくらいなんですから。

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ところが、こんな時期でもラベンダーの花が咲いているのを見られる場所があります。その中の一つが、「北の国から」の舞台・麓郷の森の近くにあるポプリの里。ここでは、、もともと遅咲きの品種にさらに温度管理を行うことにより、10月になってもラベンダーの花を見ることが出来ます。他にもいろいろな花が咲いていました。

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中富良野町のなかふらのラベンダー園でも、ラベンダーの他いろいろな花が咲き乱れていました。何とひまわりまであります。見られたことそのものはもちろん嬉しかったのですが、それよりも北海道の寒い気候に対応してこんな花畑を作り上げてきた人たちの努力に感服しました。「こんなの自然と違う」という人もいるかも知れませんが、もともと私たちが「自然」と呼んでいるものにもラベンダー畑ばかりでなく実は人の手が手厚く加えられている物が結構あります。

写真家の魂

富良野の北隣にある町が美瑛(びえい)。美瑛と言えば「丘のまち」と言われるほどで、いかにも日本離れした広大な丘陵地帯が広がり、テレビのCMにも使われたような場所が点在しています。その風景は季節ごとに、また時間帯ごとに様々な違った顔を見せます。一度や二度訪れただけでは、到底その全てを見ることは出来ません。

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そうした様々な美瑛の風景を、手軽にダイジェストで楽しめる場所があります。それが「拓真館」。写真家・故前田真三氏が撮り続けた美瑛の風景写真が常設展示されています。プロの繊細な目で切り取られた「最高の美瑛」を、一度訪れるだけで満喫できる人気のスポットです。駐車場にはバスが一杯、写真館の中も人で一杯。写真は美しく私たちを魅了してくれますが、すし詰め状態ではちょっと気疲れもします。入館料を徴収しても(何と入館無料です)良いのではないでしょうか?

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拓真館の庭には、こんなに素晴らしい白樺並木があります。せっかくなので一回り歩いていこうと思ったのですが、並木道の途中にカメラを抱えた一団が陣取っていました。撮影会ツアーの一行だったのではないかな?と思うんですが、私たちが先に行こうとすると偉そうに「通行禁止だよ」と言って動こうとしません。頭に来たので、そんな言葉は無視してカメラの脇をすり抜け、先に進みました。あなた達に邪魔される覚えはない。……おかげさまで、こんなに綺麗な白樺並木の写真が撮れてしまいました。少しは感謝しておくことにしましょう。

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拓真館の写真に刺激された……というわけでもないのですが、自分でも美瑛の丘の写真を何枚か撮ってみました。撮ってみて改めて思ったのは、美瑛の丘の風景を作っているのはまさに丘そのものである……ということ。この微妙な起伏が、一歩間違えば単調な物になってしまう風景に動きを与えています。例えば、時間が経過すると丘が隣の丘に落とす影も動きますよね。特に拓真館で見た夕暮れの写真は幻想的ですらありました。一方、先に訪れた富良野の風景は、これとは対照的に真っ平らでした。それぞれに違った味があります。

この日の宿は、翌日の行動に備えて一気に層雲峡まで移動して宿泊……ということにしました。札幌からの移動も含めて、この日は300km以上の道程を走りましたが、これだけの距離を走っても大して苦にならない辺りが北海道のすごいところです。とにかく道路が良く整備されていますね。


Mobile Check!

前日からの恵まれた状況から一転、この日の宿泊場所である層雲峡温泉ではPHSを使うことは出来ません。予定通り行けば、次にPHSを使えるのは10月4日と言うことになります、PHSは設備にかかる費用が安いので、こうした場所でもピンポイントでアンテナを建ててくれれば使えるようになるんですけどね。携帯電話は使えるようだったので、今回はとりあえずこれを使ってメールチェックだけ行いました。翌日もここに連泊。実は気になってることがあったんですが……。

さっぽろの空の下

2000年9月29日(金)

行程

小樽~札幌市内~札幌泊

走行距離

57.9km(通算292.2km)
※地図の複製は禁止します。


出発前にちょっと

小樽を出発する前に、ちょっと歩いて出かけることにしました。行き先は小樽と言えば決まって映像に出てくる場所の一つ、小樽運河。出かけるとは言っても、前日から眼下に見えていた場所ですからすぐそこです。

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運河の脇には遊歩道が整備されていて、電線も地中化され、何故か人力車がいたりして、このあたりだけは昔ながらの景観を保っています。駐車場もないところにバスが横付けされ、観光客の一団が降りてきて、記念写真を撮っていました。どうもあれを見ると気分が萎えてしまうんですよね。

今回は残念ながら出会えませんでしたが、この運河脇では楽器を演奏している人を見かけます。…と言っても、ギターを抱えて二人くらいでガンガン歌いまくってるようなものではなく、バイオリンだったり、フルートだったりして優雅なものです。前に来たときには、何とダルシマー(木箱に張った弦をばちで叩いて音を出す楽器:ちょうど木琴の鍵盤の代わりに弦がある感じですね)を演奏していた人もいました。

雪はなくても

朝早いうちに小樽を出発し、札樽自動車道を札幌へと向かいました。小樽市内の観光は最終日にじっくり…と言う予定でしたから。

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札幌で最初に目指した場所は大倉山ジャンプ競技場。札幌冬季オリンピックで、スキー・ジャンプ競技90m級(現在はラージヒルと呼びますが)の会場になったところで、もちろん現在でも競技に使われているだけではなく、公園として整備されています。オリンピックの頃にはまだ私は生まれていなかったので、そのときの興奮はわからないんですが、毎年テレビで中継されているあの場所に来たんだ…と思うとやはり感慨があります。一面の銀世界になる冬とは全く違った景色でしたが。

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最初に下からジャンプ台を見上げたときも高いとは思ったんですが、リフトで登ってジャンプ台の上から見下ろしたときには改めてその高さを感じました。選手たちが同じ視点から下を見ているときのことを思うと恐怖すら感じましたね。ここから選手たちは時速100km近い速度で「落ちて」行くのですから。

ジャンプ台脇には、様々なウインタースポーツの身体の動きが体験できる施設が整備されています。目玉は3次元CG技術と大型装置を使ったジャンプ競技のシミュレータで、私も体験してみましたが、踏切のタイミングが悪かったらしく記録はもう一つ伸びませんでした。でも、ジャンプ競技のスピード感を感じられて楽しかったですよ。

こちらは定番

次に向かったのが羊ヶ丘展望台。ここには、あの「Boys, be ambitious!」であまりにも有名なクラーク博士の像が立っています。札幌に来たからには、やはりここには寄っておくべきだろう…ということで立ち寄りました。

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展望台と言うにはあまりになだらかな丘なんですが、見晴らしは抜群、札幌の街が一望できます。もちろん記念写真もちゃんと撮ってきました。「羊ヶ丘」と言うだけあって、羊はたくさんいましたね。

ちなみに、この羊ヶ丘展望台の近くに札幌ドームが建設されています。Jリーグ・コンサドーレ札幌のホームスタジアムとなり、プロ野球・西武ライオンズも数試合の公式戦を開催します。札幌市内のいろいろな広告を見ると、コンサドーレへの期待の大きさはもの凄かったですね。今季は見事J1に昇格。地元のヒーロー、頑張ってください。それにしてもこの球団名、もうちょっと何とかならなかったんでしょうか。「道産子」を逆さから読んで「オーレ」をくっつけたんですよね?

時計台の真実

ここで宿にチェックイン。車は駐車場に止めておいて、札幌の中心街に地下鉄で出かけました。大通公園で地下鉄を降りて出てきてみると、外は雨でした。傘を買おうと思って手近なデパートの中に入ると、よりによってジャイアンツ優勝記念セールの真っ最中。正直なところムッときましたが、傘は安く買えたので、まあ良いとしましょう。

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札幌中心街で有名な観光地の一つが時計台です。札幌時計台の写真と言えば、たいていこの写真のように木々の間から文字盤を見上げる構図が多いですね。どうして他の構図はないんだろう?と昔から不思議だったんですが、実際に他のアングルから撮ってみればその理由は簡単にわかります。

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というのも、時計台のある場所は札幌市内のまさに中心。すぐ隣にある市役所を始め、周囲をぐるりとビルに囲まれています。コンクリートジャングルのど真ん中であることを意識させないためには、合成写真でも使わない限り、他のアングルは考えられないんです。

時計台の時計装置は、明治時代に最初に取り付けられたときそのままのもので、現存しているものでは国内最古の時計塔ということになるそうです。また、建物自体も老朽化は進んでいますが、当時の姿に忠実に何度か改修を続けています。そう言う意味では、まさに文化財的価値の高い建築物ですね。

ラーメンと女子高生

札幌と言えば有名な物の一つに札幌ラーメンがあります。そして、札幌ラーメンのメッカとして有名なのがすすきの・ラーメン横町。この日の夕食は, 地下鉄ですすきのに移動してラーメンを食べることになりました。同じような店が並んでいるときに、美味しい店を探すには客の多いところを探す…というのが一つのパターンですね。このパターンに従って、客の多そうな店を選んでのれんをくぐりました。

店内に入ったものの、何だか様子が変です。というのも、客はどうも修学旅行中らしい高校生くらいの制服を着た女の子ばかり。それほど時間が経たないうちに、そんな子たちでカウンターは埋め尽くされてしまいました。しかも、全員の視線が店の一番奥に座っていた私たちの方を向いています。確かに客の中では私たちは思いっきり浮いていたと思うんですが、それにしても様子が変です。いくら何でもカメラを向けられるほどのものではないはずなんですが…。

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後ろを振り向いてみて謎が解けました。そこにあったのはこれ。北海道の生んだ人気絶頂のロックグループ・GLAYのサイン色紙が壁に貼り付けてあったんです。日付を見ると、まだ今のようにメジャーになる前じゃないかな?と思うんですが、どうなんでしょうか。壁には、他にもたくさんの有名人のサイン色紙が、まるで壁紙のように隙間なく貼り付けられていました。ちなみに味の方は、ごく普通のラーメンでしたがなかなか美味しかったですね。ラーメン横町に行く機会があったら、「横町の寅さん」をちょっと覗いてみましょう。この「サイン色紙の壁紙」だけでも見に行く価値があるかも知れません。


Mobile Check!

さすがに北海道一の大都市・札幌。メールチェックはH”で大楽勝でした。他に特記事項を探すのが難しいくらいです。…実は、モバイルITライフ実践家としてはこれから先が結構大変だったんですが。

最悪のスタート

2000年9月28日(木)

行程

船中~小樽港~小樽泊

走行距離

1.8km(通算234.3km)
※地図の複製は禁止します。


揺れる、揺れる~っ…

私たちの今回乗った新日本海フェリーは、その名の通り日本海を航行していきます。この航路は超高速線が就航する前に利用したことがあり、そのときは30時間弱の楽しい船旅を満喫しました。そのイメージを持ったまま今回も乗り込んだのですが、今回は決定的に違うところがありました。それは天候。風が強く、当然ながら波も高く船はかなり揺れました。高速船のスリムなデザインがさらに影響したのかどうかは良く分からないんですけどね。元々日本海は夏は穏やかだが冬は荒れる…と言われます。その辺りを考慮していなかったのも迂闊だったかも知れません。

揺れる船につきものなのは船酔いですね。夜が明けるまでは揺れもそれほどひどいものではなく、比較的すっきりした朝を迎えました。ところが、朝食を食べた辺りから雲行きが怪しくなってきたんです。…いえ、天気自体は決して悪くなかったんですが。最初に母がダウン。その後私も気分が悪くなって、何とかトイレまで駆け込みました。

自動車酔いと違い、船酔いの場合はどんなに気分が悪くてもすぐに船から下りるわけには行きません。仕方がないので、その後は酔い止めの薬を飲むとき以外一度も部屋のベッドから離れることなく(船旅に慣れていない母が一緒なので、ベッドのある1等客室をとったんです)、船が小樽に着くのを待ち続けました。テレビではオリンピックの中継が続いていましたが、何が行われていたのか記憶にありません。この日の船の揺れは特にひどく、レストランも昼食時間には営業されませんでした。

ようやく北海道上陸

船は通常の航路よりも沿岸に進路を取り、揺れを避けながら航行。それでもほぼ定刻の夜8時半に小樽港に到着しました。さすがに夜も遅いので、この日は特に観光などする事もなく宿に直行しました。まあ、それ以前に船内で体力を消耗してしまいましたから、何か予定していたとしても行動する気にならなかったでしょうね。小樽での宿は、有名な景観を持つ小樽運河に面した洒落たホテルでした。でも、ホテルの雰囲気を味わう以前に足が地に着いている安心感をしみじみと感じていました。


Mobile Check!

この日のメールチェックは小樽のホテルの部屋で行いました。ここではPCカード型H”端末を使うことが出来ました。電波状況も良好、もちろん通信速度は64kbps。やはり都市部でのモバイルライフにはPHSが便利です。

H”の使える日は、Web上の各ホームページの更新状況も合わせてチェックしました。ちなみに、この日のWebチェックでCF-B5R用のWindows2000対応キットが公開されている…との情報を得ました。しかし、さすがに通信コストの高いH”で10MB以上のファイルをダウンロードする気にはなりませんでした。実は「高い」とは言っても70秒で10円のH”は公衆電話と大差ないのですが。