翻訳の意図

先週の日曜日・15日(現地時間)に、アメリカの作家、ダニエル・キイス(Daniel Keyes)氏が亡くなったのだそうです。彼の作品では最も有名で、おそらく多くの皆さんにもお馴染みの作品が「アルジャーノンに花束を」。1959年に中編小説として発表された後、これを元にして1966年に発表された長編小説は、世界各地で多くの人たちに読まれ、映画や舞台などにもなっています。日本でも10年くらい前にテレビドラマ化されていますし、今年の秋にはミュージカル公演もあるようです。

私自身も、学生時代に長編の日本語訳版を読みました。精神遅滞を抱えた青年が、人工的に知能を高める人体実験を受けて、天才的な頭脳を手に入れるのですが…というストーリー。非常に印象深い、他にはない読後感のある作品でした。

今日はこの作品の感想文だけで終わっても良いくらいなんですが、是非皆さんに実際にお読みいただきたいので、ネタバレになってしまうこの後の展開について書くのは自粛しようかと思います。一見すると、設定が実に奇想天外な話なんですが、その結果起こってくる様々な事態は、おそらく誰もが経験しうることである…というのが、この作品が多くの人々の心に残っているポイントのような気がします。


数ヶ月前に、ふとこの「アルジャーノンに花束を」を読み直したくなって妻に話したら、ネット通販で1冊注文しておいてくれました。ところが、届いた本を見ると、表紙には大きく書かれた「Flowers for Algernon」の文字が。そして、本文は英語の原文のままです。

しかし、出版元は日本の講談社で、巻頭には日本語による解説が、そして巻末にはちょっと難しい言い回しについて注釈が付けられています。どうやら、これは原文のままで読んでみたい!という日本人向けに出版されている本のようです。そういえば、高校や大学でも、英語の授業でこういう仕立てになっている本を読まされた覚えがあります。「ロミオとジュリエット」の台本は、注釈満載でも実に難解でした(汗)。

私には、別に英語で読もう!という根性はなかったんですが、それでもせっかく買ったのだから…と思い、ちょっと読んでみています。しかし、これがなかなか大変。ただでさえ英語に触れる機会がほとんどない生活をしている上に、初っぱなから英文が実に読みにくいんです。句読点がほとんどない上に、誤字・脱字のオンパレード。文法も何だかあやふやです。何を書こうとしているのか、想像力を働かせて翻訳していく必要があります。

とはいえ、別に原文の校正ミスというわけではなく、これにはちゃんとした理由があります。この作品は、全編主人公の青年の一人称で綴られています。最初の段階では、文章を書くのが苦手な彼の報告書はスペルミスだらけ。これが、「人体実験」の結果劇的にまともな文章になっていく…という過程が、彼の状況の変化を表現しているわけです。

日本語訳では、これが英文と同様の誤字・脱字だけでなく、ひらがなばかりの文章から漢字の出てくる比率が増えていくところでも表現されています。原文の意図を上手にくみ取った、素晴らしい翻訳ではないかと思います。


外国語で書かれた文章をスイスイと読解していく能力がない私たちの場合、海外の文芸作品を理解するための方法は、日本語に翻訳されたものを読む…という形に頼らざるを得ません。そして、実はこの翻訳が私たちの理解度に相当な影響を与えます。

例えば、映画の3部作で大ヒットした「ロード・オブ・ザ・リング」の原作は、もちろん日本語訳が「指輪物語」として出版されているあの小説です。第1部が公開されたときに、原作も読んでみよう!と思い、文庫本を買ってきましたが、第1部は何とか読み終えたものの、次に進むだけの根性は残っていませんでした。

何故挫折してしまったのか?というと、ひとえに表現が難解であったことに尽きます。最初は、訳された時期が古いせいかと思っていたんですが、私が読んだ文庫本は初版が1992年となっていて、これは、1970年代に翻訳された文章を全面的に見直した「改訂版」なのだそうです。それなら全然古くはありません。つまり、この難解さは意図してこのように作られたもの…ということ。「指輪物語」は、中つ国の歴史書のようなものですから、あえて古めかしい文体にしたのでしょうか。

しかし、せっかく面白い内容なのに、このとっつきにくさはもったいないような気がします。かつて文筆活動をしていた経験のある妻は、「ロード・オブ・ザ・リングは自分で翻訳してみたい」と言っていました。今の彼女にそれにじっくり取り組める時間があるとはとても思えませんが、実現すれば、今の「指輪物語」よりもずっと柔らかい、楽しい作品に仕上がりそうな気がします。


洋画の吹き替え音声や字幕も、そこに翻訳者の意図が含まれる可能性があることでは同じです。さらに、吹き替え音声にはそれを演じる声優の意図までもが載ってくるので、話はもっと複雑になります。基本的に、洋画はまず「原語音声+日本語字幕」で見る主義なんですが、これでも日本語字幕という「翻訳によるフィルター」がかかっていることには留意する必要があると思っています。

一方で、日本語への翻訳により、内容が日本人にとって受け入れられやすいものに変わっていける可能性もあります。実は、現在もロングランヒットを続けている映画「アナと雪の女王」では、この点がかなり有効に働いたのではないかな?と思っています。我が家には、まだ映画も見ていないのにサウンドトラックCDがあるんですが、英語版歌詞の直訳と日本語版歌詞では、かなり受ける印象が違います。

映画館には見に行けそうにありませんが、7月に発売予定のブルーレイディスクは予約してあります。いつもなら当然最初は原語音声+日本語字幕で見るんですが、日本語版のサウンドトラックの出来が相当良いので、今回に限っては日本語音声とどちらを先に使おうか迷っています。



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