あまりテレビ番組の話はしないSSK Worldなんですが、今回は土曜日の夜にNHK総合で放送されている「新プロジェクトX」の話をします。以前の「プロジェクトX」は好きな番組でよく見ていたのですが、「新」として復活してからは、最初の数回こそ見ていたものの、今ではすっかり見なくなってしまいました。
いちばん違和感があるのが、演出として相変わらず「オヤジたちが泥臭く、時には無茶をしながら頑張って難局を突破」という構図を維持したいように見えること。かつてはそれがウケたと思いますが、現代はそういう時代ではありません。実際の裏事情がどうだったかはともかく、今どき、女性が全く出てこないストーリーには違和感がありますし、「寝る間も惜しんで研究開発」が働き方改革の時代に受け入れられるとは思いません。むしろ、そうした新時代ならではのプロジェクトXを、いろいろと見たいのですが…。
…と、それはともかく、4月19日の放送は、「情熱の連鎖が生んだ音楽革命 〜初音ミク 誕生秘話〜」。このテーマが採り上げられるからには、見ないわけにはいきませんでした。
一応おさらいしておきますが、巷では「初音ミク」といえば緑色の長い髪をツインテールに結んだ、CGの女の子キャラとして認知している方が多いのではないかと思います。確かにそれが彼女の姿であることは間違いないのですが、「彼女」の本質は、歌詞やメロディーなどを入力することで自由に歌を歌わせることができる、PC用のソフトウェアです。
これが、私たちのような趣味で音楽作りをしていた者たちにとって、どれほど革命的なことだったのかは、大昔から事あるごとに説明しているところです。他の様々な技術開発やインフラの整備も相まって、「自作の歌」を作って多くの方々に聴いてもらうためのハードルは、とんでもなく低くなりました。
コア技術である歌声合成技術は、地元・浜松のヤマハが開発しています。この日のスタジオゲストのひとりとして登場した剣持秀紀氏は、ワタシが10年以上前に静岡県立中央図書館まで講演を聞きに行った「VOCALOIDの父」です。あのときは、マニアックな技術論も伺えて、とても楽しかったのを覚えています。
残りの2人のスタジオゲストは、初音ミクを送り出したクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之氏と佐々木渉氏。歌声合成ソフトのニーズを確信した上で、あえてバーチャル感の高いキャラクターの声と姿を宛てて、キャラクターの二次利用のルールを相当緩く設定するなど、同人文化からの広がりを促すような仕掛けを整えたところがウマかったのだと思います。歌声の表現力の進歩だけでは、ここまでのヒットにつながるのは難しかったはずです。
基本的には、私にとってはどこかで聞いたことがある話の再構成という形でしたが、妙な過剰演出も感じず、良かったと思います。一本のストーリーとして改めて追体験することができて、楽しい時間を過ごすことができました。
余談ですが、番組内では剣持氏が佐藤氏に最初に聞かせたものらしい、VOCALOIDのプロトタイプが歌うサンプルが何度か流れました。ここで歌わせていたのが槇原敬之の「LOVE LETTER」だったところが、個人的にはこの回いちばんのツボでしたね。どうしてその選曲なんだ(笑)?…と思いましたが、槇原敬之も全てのトラックをひとりで打ち込んで曲作りをするタイプのアーティストですから、親近感が湧くのはよくわかります。
19日の番組でも触れられていたように、初音ミクがいなければ、米津玄師だって、YOASOBIだって、Adoだって…現在活躍する多くのアーティストたちは、表舞台に立つ機会を得られなかったかも知れません。彼女は、確かに時代を変えたのだと思います。
そして、初音ミクがいなければ、PCで曲作りをするクリエイターの端くれではあったワタシが、事あるごとに「チャンスを逸したなぁ」と無駄な後悔をすることも、おそらくなかったでしょう。確かにそれなりの形を整えるための敷居は低くなりましたが、ホントに光るモノを作れるかどうかは、また別の話だと常々思っています。ワタシには、残念ながらそういうセンスがありません。
VOCALOIDの最新版では、AIの技術も活用してより自然な歌声を実現できるのだそうです。それこそAIが歌詞も曲も作ってしまうような時代がやってきていますが、AIに人の心を打つヒット曲は生み出せるのでしょうか。案外、もう巷にはそんな曲がいくつかあるのかも知れないし、ここ数年の生成AIの進歩を見れば、現状がそうでないとしても近々克服していくのでしょう。そう考えると、何だか怖さも感じます。
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