死人に口なし、でも歌声は作れる

2020年最初の日曜日です。改めまして、皆様、新年あけましておめでとうございます。今年も、興味の赴くままにいろいろと、日々を楽しみながら進んでいきたいと思っています。

…と、挨拶はこのくらいにしておきましょう。先日、BS 4K放送で見たNHK紅白歌合戦が、イマイチ期待外れだった話をしたところですが、昨年の紅白歌合戦では、以前から私が注目していたある企画の成果が、一般にお披露目されました。「AI美空ひばり」です。

これは、1989年に亡くなった歌手・美空ひばりの歌声を、現代に再現してしまおうというプロジェクト。紅白の舞台では、秋元康作詞・プロデュースによる、彼女の「新曲」が披露されました。

どうやって亡くなった歌手の歌声を再現するのか?ですが、これは、過去の様々な歌を歌っている録音を分析して、声や歌い方の特徴を抽出し、「もしこの歌手が新しい曲を歌うとしたらどう歌うのか?」を予測して音を生成する…という手順を踏んでいるのだそうです。いわゆる機械学習の手法を活用していて、これが「AI(人工知能)」を冠している理由といえます。

歌声の生成技術を担当したのはヤマハ同社がVOCALOIDで培った歌声合成の技術は、何らかの形で活用されているのだと思いますが、アプローチとしてはちょっと異なる方向から斬り込んでいるといえそうです。

テレビ番組で披露するのに、声だけでは面白くありませんから、姿の方もCGを使って再現しています。こちらは、さすがに身振りをAIで学習させるわけにも行かなかったのか、三次元CGにモーションキャプチャーで振りを付けたようです。


実際に放送に登場した「AI美空ひばり」の歌を聴いたわけですが、歌声は確かにそれらしいモノに仕上がっています。経緯を知らずにまっさらな状態で聞かされたら、もしかすると生身の人間の歌声と騙されてしまうかも知れません。

ただ、AIだと思ってあらを探しながら聞くと、どうしても不自然な点を見つけることはできてしまいます。明確にどこがどう変なのかは、ちょっと言葉に表しにくいのですが、違和感のある部分はありました。あえて言うなら、「ちょっと行儀が良すぎるかな」という感じ。

一方、CGで合成された姿の方は、歌声と比べるとかなり不自然さが残っています。観客席から肉眼でプロジェクション映像を見ていたら、もうちょっとホンモノらしく見えたのかも知れませんが、4Kテレビの画面で見ると、肌の質感などで「作り物っぽさ」があります。動きの方も、実際の人間の動きをトレースしているはずなのに、どことなく操り人形のように感じました。

ハリウッド映画でも、CGで作られた実在の俳優が演技している「バーチャルアクター」の活躍が進んでいるようですが、アレと比べると不自然に感じるのは予算の問題だったのでしょうか。それとも、ホンモノの人間と間違えられないように、あえて不自然なところを残したのか。


以前、「死人に口なし、でも歌声は残る」と題して、故人の歌唱の録音に後世の歌手が声を重ねた「デュエット」について感じたことを書き記したことがあります。あれから15年、故人の歌唱の録音どころか、新曲の歌声を作り出そうとするところまで技術は進歩しました。

当時の私は、「故人とデュエット」にどこかしら気持ち悪さを感じていたわけですが、故人の声に限らず、録音された歌や演奏を元にした二次制作は一般的に行われていることであり、最近では、権利者の承諾云々という問題はあるものの、そこさえクリアできれば、あまり目くじらを立てるものではないのかも知れないな…と思っています。

VOCALOIDの歌声ライブラリーの中には、実在の歌手の声を元にして、本人のイメージを保ったまま発売されているものもあります。これだと、「調教」次第で「あの人がこんな歌を?」みたいなモノが作れてしまいますが、さすがに本人そのものになりすますことはまだ難しいでしょうし、使う側もニセ者を作るというよりは、新しい作品の可能性を追求してみよう!という思いで使っていると思います。歌手というよりは楽器に近いイメージですね。

しかし、今回の「AI美空ひばり」は、これらとは別次元の技術で、目指したモノも本人の歌唱の再現。やろうと思えば、生前の本人なら絶対に演じることを拒否したであろう…というような歌声や話し声でも、イチから合成することができてしまいます。実際に、近年はAIが著名人の姿や声を真似して「フェイクニュース映像」を作れる…というような研究成果も公表されていたりします。これは倫理的に認めて良いモノなのだろうか?という思いは、あの頃以上に強くなっています。

技術的にはスゴいのは認めざるを得ないと思うのですが、やっぱり気持ち悪さが先に立ってしまいますね。一方で、技術屋の端くれとしては、こうした挑戦はできる限り突き詰めてみたい…という気持ちも理解できてしまうので、単に否定してしまうことにもためらいがあります。何とも、複雑です。

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