2月になりました。間もなく節分、そして立春となるわけですが、寒い日はきっとまだまだ続くはずです。寒さ対策と言えば、我が家の場合はやはり薪ストーブを抜きにしては語れないわけですが、日曜日・2月1日に、久々の「薪活」に出掛けてきました。
とあるFacebookグループで、昨年末に「浜松市内の柿畑を廃園にするので、柿の木を切って持って行きたい方はいませんか?」という趣旨の投稿を見かけました。市内の、それもクルマで簡単に行けるくらい近くのお話だったので、早速投稿者の方にMessengerでコンタクトを取りました。柿畑の主は投稿者とは別の方ということで、私から直接電話で連絡しました。私は早速チェーンソーを持っていって切ってこよう…と考えていましたが、「まずは見に来てからにしてほしい」とのことでしたので、何も道具は持たずにお宅に伺いました。
ご主人とお話をしながら、一緒に現場の柿畑を見て回りました。お勤めの傍ら、柿やミカンなどの果樹を育ててきましたが、高齢になって面倒を見切れなくなってくるので、このあたりで柿畑は止めることにしたのだそうです。80代とは思えないくらいお元気そうな方で、まだまだ畑仕事の引退は早すぎるのでは?と見えるほどでしたが、ご主人には「柿畑じまい」への迷いや未練のようなものは感じられませんでした。もしかすると、ご自分で何とかできるうちに、丹精込めて育ててきた畑は片付けておきたかったのかも知れないな…と感じました。管理を次世代に引き継ぐのもタイヘンですからね。


畑は平坦な場所ですし、柿の木は樹高が2mくらいに収まるように剪定されているので、作業自体は極端に難しいものではありません。枝を切り落としながら、薪にするくらいの長さを考えつつ刻んでいきます。
とはいえ、考えてみるとこんな作業をするのは3年ぶりくらいになるわけで、カラダが全然ついてきません。予定していた半日で、伐採できたのは2本だけでした。もっとも、クルマに積んで運ぶことを考えると、これ以上切っても一度には持ち帰れませんし、作業量も時間もちょうど良かったのかもしれません。




自宅に持ち帰った後は、太さで仕分けて薪小屋に積み上げました。また、若枝は焚き付け用に剪定鋏で刻んでおきました。太いものはこれから割らなくてはなりませんし、細いものもまだ水分が全然抜けていないので、実際に薪ストーブに投入できるのはずいぶん先になります。何より、水を運んでいるようで、何とまあ重いこと。腕も腰も痛くなりました。
薪小屋の埋まり具合を見ると、あと2、3回は柿の木をいただきに伺っても、置き場所がありそうです。ご厚意に甘えて、しばらくは通おうかと思います。

我が家の薪のストックはあと1枠少々になっています。今シーズンも足りるかどうかわからないのですが、それよりも来年はもう薪ストーブが使えないのでは?というくらいの危機だったわけで、今回の柿畑のお話はまさに救世主でした。とはいえ、我が家の薪小屋全てが埋められたとしても、せいぜい2年~3年分。その先の薪は探さなくてはなりません。
ログハウスを建てたのと同時に始まった薪ストーブ生活は、今年で14年目に入ったわけですが、ここ数年は危機的な状況が続いていました。3年前には五十肩で斧が振るえなくなり、このままカラダが動かなくなったら薪ストーブどころではないぞ?と、これまでにない危機感を持ちました。それでも、まだ「薪ストーブじまいは、したくない」と強がるくらいの気力は残っていました。
さらに追い打ちを掛けたのは、2年前から、安定的な薪原木の入手ルートだった薪割り会が休止状態になってしまったこと。薪の形で購入していたのでは、とても割が合わないのが薪ストーブです。カラダが動かない上に、薪も入ってこないのではどうしようもありません。やっぱり、薪ストーブじまいするべきなのか?という考えが頭をよぎることが多くなりました。そんな状態だったからこそ、薪ストーブの新調には踏み切れませんでしたし、メンテナンスのお願いを8年ぶりにすっ飛ばしてしまったりもしたわけです。
とはいえ、劇的に変える余裕はないのですから、今の状態でできることをしながら、何とかしていくしかありません。昨年末に「いつまで?…とりあえず、もうしばらくは」と腹を括ったわけですが、薪ストーブもこれと同じなのかな?と思っています。
いずれは、こんなに面倒でタイヘンな生活スタイルは代わらざるを得なくなるでしょう。だが、それは今日ではない。薪が尽き、腕が上がらなくなる日がいつか来るとしても、それは今日ではない。今はこの火を、この家を、守り抜くのみ。さあ、庭の柿の木が、私を待っています。
…誰だ、お前?(笑)

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